渡辺淳一の作品に”泪壷”という短編があった。
愛する妻が乳癌で死ぬ
妻は夫に自分が死んだら自分の骨で壷を作り
生涯離さず貴方の傍において欲しいと遺言する
夫は約束通り妻の骨を土に混ぜて壷を創って貰う
出来上がった壷は作者の失敗で雨滴のような傷が一筋出来てしまった・・・
でも夫はそれを妻の涙の跡だといい壷に”泪壷”と名づけ大切にした
しかし夫が他の女と幸せになろうと思うとその泪壷が邪魔をして結局どの女とも上手くいかず・・・
そんな話だったと思う
私はその小説を読んだ時、泪壷がどんな物なのか
すごく想像を膨らませたものだった
それが十年程も経った今、私の前に現れたのだ
それは先日来、近江商人の蔵が建ち並ぶ一角で改装工事の為に撤去工事をしていた屋根裏から出て来た
「必要な物はすべて片付けましたので後は捨てて下さい」
私は施主の言伝通り職人さん何人かと暗い蔵の中で埃まみれになって片付けをしていた
すると何気なく私が開けた木の箱から壷が出て来た、50センチはある。。。
外に持って出て、軍手で壷を拭いてあげた
すると壷は大きく息をしたように輝きを取り戻し
久しぶりの外気を喜んでいるように思えた そして一筋の傷・・・
それ以来その壷は現場事務所の私の机の上にある
あの泪壷である訳がない・・・
なのにあの当時私が思い巡らした壷とあまりにも似ていて撤去工事が終わった後も捨てられずにいた
私がそんな感慨に浸っていると、一服の度に職人さん達がその壷をひやかす
「これは、渡辺淳一の泪壷や」と私が言うと 違う違う!
「これはきっと江戸時代の商人の家の女将さんのヘソクリの為の壷や」
「悪徳代官の質流れや」
「いやいやこれは尿瓶や」 と色気のない方に話が進む。。。
やれやれ、ごめんなさい・・・
きっと壷が笑っている。
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